カリンバは、夢を囁く。
二
聞きなれた入店音。
「いらっしゃいませ!」
商品棚の整理をしていた福音さくらは、ドアのほうを振り返って笑顔で挨拶をした。
入店音が続く。
コンビニエンスストア「24すずらん台店」。君影すずらん警察署の隣にあるこのコンビニは、近くに住宅街、学校、公共施設などがあるおかげで客足はあまり途切れないという立地条件に恵まれている。そろそろお昼時、昼食を求める客で混み始める時間だ。
さくらは商品を棚に並び終え、番重をバックヤードに戻してレジに戻ると、レジ対応をしている天羽つばさに小声で言った。
「あっちゃん先輩、いつもの刑事さんいらっしゃいましたよ」
レジを済ませた客を笑顔で送り出し、つばさが小声で応える。
「あー、お昼だもんね。でも今日は背広じゃないね、休みかな」
「警察って休みあるんですか?」
「そりゃあるでしょうよ、労基怖いぞ。――はい、いらっしゃいませー」
つばさはレジ対応に戻る。
「二番目でおまちのお客様、こちらどうぞ」
さくらもレジ対応に入る。
「あんまん二つと肉まん四つ、カレーまんとピザまんひとつずつ」
制服姿の女性警察官が、五百ミリリットルのペットボトルの緑茶を三本と、持参した透明ビニールの手提げバッグをレジに置きながらそう注文した。
「いつもありがとうございます。忙しそうね葵ちゃん」
そういいながら、さくらは手際よくケースから言われた数の中華まんを取り出して、レジに通して手提げバッグに入れていく。
「いつもどおりよ、あ、これも」
葵と呼ばれた女性警察官は、レジ横にあった四角い小さなチョコレートを三つとって差し出した。
さくらはペットボトルとそのチョコレートもレジに通した。
「千六百五十円です」
葵は財布から千円札を二枚だすとキャッシュトレイに置いた。
さくらはそれを預かるとレジを通してお釣りとレシートをキャッシュトレイに置き、それからさりげなくこう告げた。
「ミステリーマニアの最新号、明朝品出しします。取り置きしときます?」
品物を手提げバッグに入れ、お釣りを財布にしまいながら、葵は小さく頷いた。
「いつもありがと、ふっちゃん」
「ありがとうございました。はい、次の方」
葵が店を出て、入れ違いにまた客が入ってくる。
この店は、警察関係者が常連だ。
警察官が制服のまま勤務中にコンビニで買い物をすることに一時批判が出たことがあったが、最近は警察官が来店することで治安が保たれるなど、むしろ好感を持って受け入れられている。店前にたむろしがちなちょっと危ない感じの人物はあまり見かけることがなく、店の名前どおり二十四時間営業のために警察官がメイン客だということがさらに安心感をもたらしているようだった。
五分ほどでレジ前は空いてきたため、さくらはぐるっと店内を見渡し、バックヤードに入った。
スイーツが入った番重から、今日が新発売の『いちごプリンパフェ』と『濃厚いちごクリーム特盛パンケーキ(二個入り)』をひとつずつ持ち、そのままウォークインケースのコーヒー類が置かれている棚前にいた男性のところへと向かう。「今日は私服のいつもの刑事さん」だ。
さくらは彼の隣に立つと、手のひらにのせたスイーツを無言で差し出した。
「――ん? え? ああ……新作? ですか?」
さくらは無言でひとつ頷いた。
「……あー……はい、いちご、だね……」
さくらは無言でこくこくと頷いた。
「……おいしそう、ですね……」
さくらはさらに頷いて、再度両手をグイっと差し出した。
「……はい、ありがとうございます……」
と、ゆっくりさしだされた彼の手に、さくらは終始無言でいちごプリンパフェと濃厚いちごクリーム特盛パンケーキをのせ、満足そうにうなずくとレジへと向かった。刑事さんがあとから続く。
「いらっしゃいませ。いつもすみません、ありがとうございます」
少し申し訳なさそうにつばさがそう言って、レジ台に置かれたスイーツ二つとペットボトルのホットブラックコーヒーをレジに通した。
「ありがとうございましたー!」
ドア前の新聞ラックのところからのさくらの元気な挨拶にちょっと右手を振って、ちょうどかかってきた電話を受けながら刑事さんは店を出て行った。
「……あんたねえ、毎度毎度あのひとにスイーツ押し付けるのやめなさいよ。そのうち、なんとか強要なんとかってヤツで逮捕されるわよ」
つばさはレジ周りを整頓しながら、さくらにそう声をかけた。
「だってえ、あの刑事さん、いつもスイーツ買ってくれるんですもん。しかも新作必ず入れてくれるしー。でねでねでねあっちゃん先輩っ、ついにお名前わかりましたよ、あの刑事さんっ」
さくらはそう言いながら、嬉しそうにつばさの隣に並ぶ。
「名前?」
「さっき、スマホに電話かかってきたでしょ。そのとき聞こえちゃったんです」
「あんたまあよくそんなの……入店音と同時だったじゃないの、よく聞こえたわね」
「えへへー、耳はいいんですよお、あたし」
さくらはちょっと自慢気に、肩をすくめた。
「で? なんだって?」
つばさの催促に、さくらはちょっと芝居がかった感じで、こう応えた。
「いつもの渋いあの声で、『はい、マジマ』って」
「……まじま?」
つばさが真顔になる。
まじま。まじまって……………………。
「ええええーーー!? あのひとっ、あのひとっあの眞嶋刑事っ?」
と叫んでつばさは慌てて両手で自分の口をふさいだ。素早く店内を見渡し、運良く客が誰もいないことを確認して、大きく息をついた。
さくらは、何度もうんうんうんっと頷いて、さらにピタッとつばさに寄りそう。そして超うれしそうに笑顔で言った。
「そ・う・な・ん・で・すっ。凶悪強盗殺人犯を乾いた地面の様子だけで追い詰めて自白させた、あの。噂の。眞嶋刑事さんですっ」
一瞬後。
「きゃああああああっ!!!」
さくらとつばさは向き合うと両手を握り合い、周囲にハートマークが飛び交う勢いでぴょんぴょん飛び跳ねた。
入店音。
ふたりは入り口ドアに向き直り笑顔全開。
「いらっしゃいませえ――って、ららちゃん?」
なじみの女性警察官が、息を切らして飛び込んできた。
「ご、ごめんなさい、ここに刑事課の眞嶋さん来ませんでしたっ?」
さくらとつばさは一瞬顔を見合わせると、ららに向かって声を揃えてこう言った。
「さっき出ていきました」
「ありがとうございますっ!」
ららはそう叫ぶと外へ駆け出していった。
「なんかあったんですかね」
「あったんだろうね。……てか、名前わかっててよかったね」
「ほんとですねえ」
「……仕事しよっか」
「はい」
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